第2話 悪しき影響【カタルシスレコード】(著者:弓月 キリ)


 花が咲く春
 暑く日が照りつける夏
 紅葉が彩る秋
 寒く白い雪が降る冬


 そして、『あの出来事』からまた次の春が訪れていた。
 こちらの世界の人達は知る術はないが、今はあちらの世界にいる弥生とアリスの旅立ちの日から二ヶ月ほど時が過ぎていた。


「母さんはまだ目覚めないのか?」
「まだのようですね」
 魔王とカイムは、心なしかげっそりと疲れ切ったような表情で仕事を片付けていた。
 片付けている間にも、城に新しい仕事が増えていくので、減るどころか増える一方だ。


「もう1年過ぎてるぞ。どれだけの魔力をあいつにぶち込んだんだ?」
「確か、魔力のほとんどって言ってましたよね……」
「母さんの魔力は俺よりは少ないけど、並のヤツとはケタ違いだからなぁ」
「そうですね」
「だから、ほとんど使い切っちまうと回復するのに年単位必要なのか……俺も気をつけよう」
「魔王様に何年も寝られたら、私が過労死しかねませんので、ぜひとも気をつけてくださいよ」
「ああ……今回の件で思い知ったよ」


 魔王は、机の上に山になっている仕事の書類を見てため息をついた。
 山のような書類のうち、半数くらいは神子が担当する仕事だ。


 バンッ!


「今はいつ!?」
「母さんが寝てから1年と2ヶ月ほどだ」
 大きな音と共に寝起きなのか、髪の毛がボサボサで寝間着もはだけてしまっている神子が大声で魔王に問いかける。
 それに対し、魔王は冷静に欲しがっているだろう答えを返した。
「そう……1年もかかったのね……」
「神子様、今まで魔力を使い切ったことは?」
「んー……記憶ないわね。使い切るようなことは滅多にないもの」
「確かにな」
「あ。でも2回ほど半年くらい寝たことならあるわ」
「母さんが? いつだよ?」
 信じられないというように目を丸くして魔王は神子に問う。


「ダンリオンを封印した時と、
先代魔王を物理的に消しちゃった時」
「「は?」」
 神子から聞いた衝撃的な事実に魔王とカイムは二人揃って間抜けな声が出てしまった。


「いや、私というものがありながら、ちょーっと可愛い魔者と不倫したから、つい」
「『つい』で俺の親父を殺すなよ」
「こ、殺すつもりはなかったのよ!」
 魔王とカイムは、二人揃ってため息をつく。
「知りたくないこと、知っちゃったな……」
「私もです……」
 よりげっそりと疲れたような気がした二人と、バツが悪そうに二人から視線を逸らしている神子。
 そんな三人に遠くで高めの女性の声が聞こえてきた。


「神子様ー! 神子様ー!!」


 その声は徐々に大きくなっていく。どうやらこちらに近づいてきているようだ。


「仕女かしら?」
「みたいだな。母さんが起きたと気づいたんだろう」
「実は……ここ最近、仕女から『仕女で捌ききれない仕事があるので助けてくれ』ってSOSもらいまして。
それからは、捌ききれない仕事を定期的にこっちに持ってきて頂いてたんですが、段々量も大変になってきてしまって……。
なので、数日前から仕女にも城に来ていただいています」


 カイムは口数の少ない魔王の代わりに補足説明を神子にした。


「なんで、そんなに仕事が増えたのよ?」
 神子もやっと魔王の机の上にある大量の書類の山に気づいた。
 イレギュラーなことがない限り、この大量の仕事の山はできないことを神子は知っていた。
「半分は魔界、半分は人間界からの仕事だ。つい最近になっていきなり増えだしたんだ」
「つい最近?」

「神子様、こちらに「ああ。おそらく、別世界でダンリオンが目覚めたんだろう」


「「え?」」


 予想したくなかった事態を魔王から聞いて、今度は神子と仕女の二人が間抜けな声を揃って出してしまうことになった。




 仕女も話に加わり、四人で現状を整理することになった。


「最初から整理して言うぞ」
 魔王が口火を切る。
「まず、仕事が増えた理由だがな、人間を魔物・魔者に変化させてしまう怪しい光が、ここ最近になってこの世界に蔓延(はびこ)るようになったんだ」
「それは、魔法なのでしょうか?」
 仕女が不安そうに魔王に問いかける。
「さぁな。魔法の研究をしている俺ですら、わからないことが多いんだ。桁違いな魔力の影響によって、魔力の粒子が人間に影響を与えたとしてもおかしくはない」
「こちらの世界は人間も魔法が日常的に使われています。そのため、魔力の大きなものが魔者に、魔力の小さなものは魔物に変化しているようです」
 カイムが魔王の説明に補足説明を加える。
「そんなわけで、人間が変化してしまった魔物や魔者を元に戻してほしいという依頼が、神の神殿に多数寄せられて、仕女にはどうしようもできないってことで、魔王城に仕事が流れるようになってな」
「更に、魔界でも魔物や力がそこまで強くない魔者が凶暴化してしまうといった事件が多発するようになりました」
「これも、人間界と同様の影響だと考えられるな」
「影響のない人間や魔者もいるの?」
 今まで黙っていた神子が魔王に確認する。
「俺達は結界が張ってある魔王城にいるから影響はない。それに元から素質があり、強い者は影響を受けずに済んでいるようだ」
「それでも多少暴力的になってしまうらしく、自分で制御できないって方もよく魔王城に助けを求めに来ます」
「そう……」
「魔力の粒子を取り除けば元に戻るってことがわかったから、そこまで害はないが……一つ問題があってな」
「「問題?」」
 カイムは事情を知っているのか涼しい顔をしているが、神子と仕女が二人揃って疑問符を浮かべる。
「俺の魔力を使うんだよ」
「ああ、だから、あんた、そんなゲッソリしてるのね」
「サラッと言うなよ……この結界だって常に俺の魔力を使ってるんだぞ」
 魔王の顔色は既に青白くなってしまっている。
「え、じゃあ、魔王様の魔力が切れてしまったら……」
「仕女と神子様は人間ですから……魔力の耐性の差で仕女が先に魔者化するかと思われます」
 よほど慌ててしまったのか、仕女は神子の胸ぐらを両手で掴んで訴える。
「か、神子様! は、早く魔王様の魔力を!」
「ね、寝起きで、いきなりは、む、無理よ!」
 神子は仕女から鬼気迫る表情と声で訴えられて、たじろいでしまう。


「改めて説明するが、こちらの世界の影響が起きたタイミングと影響の内容を考えると、さっきも言ったようにダンリオンが目覚めたとしか考えられないんだ」

「神子様が目覚めるまでは、混乱を避けるべく仕女にも伏せさせていただいておりました」
「そうだったんですね……突然で驚きました」
「私もよ」
 神子は、寝起きで色々な出来事を一度に聞くことになってしまっている。
 神子は頭痛がしているのかこめかみを抑えて眉をひそめている。
「ダンリオンを封じた本がアモンと一緒に消えたからな。本来なら、こちらの世界に影響が及ぶことはまずないが……」
「ダンリオンは用意周到なヤツよ。従者なり分身体なり、こちらの世界に置いておいてもおかしくないわ」
「そうとしか考えられないな」
 魔王も神子に同意するかのように頷く。
「あの……では、別世界の方ではどうなるのでしょうか?」
「さぁな……別世界では魔法の扱いや耐性がどうなっているのかはわからないが、こちらと同じようなら、別世界でも影響が出ていてもおかしくはない」
「魔法の扱いがこちらの世界より主流だとすると、こちらの世界よりも影響力が強いとも考えられます」
 魔王とカイムから説明を聞いていくうちに仕女の顔が蒼白になっていく。
「このままでは、こちら側もあちら側も人間・動物がすべて滅んでしまいます! 早くなんとかしなければ……っ!」
「仕女、落ち着きなさい」
「神子様、ですが……っ!」
「なんとかしようにも、こっちとあっちの両方の元凶を倒さないといけないのよ。まずは早く私の分身体を探さないと」
「でも、どうやって探すんだ?」
「う゛」
 神子は探す方法など考えてないとばかりに魔王からの指摘に言葉を詰まらせる。
「仕方ないですね……。私も魔王様の魔力回復にかなりの魔力を使っているので今はできませんが、魔王様と私の魔力を回復していただけるなら、一つだけ手があります」
「カイム?」
「私の魔力の半分を使って、どの世界のどの場所にいるかを探し出すことはできます。詳細な座標までは難しいですが……」
「それだけわかれば、俺のほうで何か手を打とう……たださ、その前に、本当に俺の魔力だけでもいいから先に回復してくれないか?」
「もしかして、あんた……」
「流石に俺もこれ以上結界に魔力は割けん……。一時的に結界を消すぞ」


 魔王が机に突っ伏したのと“それ”は同時だった。


「これが……粒子なのでしょうか?」
 急に現れた紫色の淡く薄い光の小さな玉のようなもの。それは多数浮かんでいる。
「おそらくは……私も魔王城から出ていないのでわかりませんが、このようなものは初めて見ます」
「これはヤバそうね……ストラスとカイムの魔力をすぐに回復させるわ! 仕女は逃げていなさい!」
「逃げるって、どこにですか!?」
「えーと……。と、とりあえずストラスの近くにいなさい! 私の魔力で私達の周りだけでも結界張るわ!」
「は、はい!」


 神子は辺りを見渡して、逃げられる場所がないことを悟ると、すぐに魔王とカイムの魔力回復のために詠唱を始めた。
 詠唱を始めた神子の周りは白色に、瞳と髪の色は金色に変わっていた。


 * * *


「なんとかなったな。城の結界も元通りだ」
 復活した魔王とカイムの顔色は先ほどよりも良くなっていた。
「生きた心地がしなかったわよ……」
「私もです」


 神子は少し疲れたような顔で床に座り込んだ。
 神子の髪と瞳の色は元の黒色に戻っている。
 仕女も緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んだ。


「危機はひとまず脱しましたかね……」
「カイム、回復したところ悪いが、早速頼む」
「はい」


 詠唱を始めたカイムの周りはオレンジに、髪は金色からライトブルーに。瞳の色は赤色から緑色にそれぞれ変化した。


「場所はわかりました。こちらの世界でいうところの人間界に近いようですが、魔法という概念はないようです。魔法の概念がない分、こちらほどまだ強くは影響が出ていないようです」
 少ししてカイムが説明をする。
「大体の座標はわかるのか?」
「世界が広いので住む地域周辺までしか絞り込めませんでしたが……魔王様に共有しますね」


 カイムが再び詠唱を始める。


「とりあえずそこに……あいつが来たら反応するような思念体を作って送るよ」


 情報を共有した魔王は詠唱を始めた。
 詠唱を始めた魔王の周りが緑色に、瞳と髪の色が銀色へと変わる。


(ついでに俺の魔力と適合する人にも反応するような思念体を一緒に作って送っておくか)


 しばらくした後、魔王の髪と瞳の色は元通りに戻っていた。


「思念体が反応したとき、俺達に知らせた上で一度だけ思念体を通じてリンクできる魔法を仕掛けておいた。後のことは、知らせが来るまで待とう」
「可能であれば、こっちの世界にいる元凶を見つけたいところだけど……この仕事の山をどうにかするのでしばらくは手いっぱいね」
「俺一人じゃ限界があるから、母さんもなんとかしてくれよ」
「わかってるわよ」


 神子はまだ残されている大量の仕事の山を見て、ため息をついた。


 * * *


 激動のあちらの世界。
そのひと月前のこちらの世界では、一つの動きがあった。


「ここは……どこだ……?」


 彼が目が覚めたとき、周りには彼には見慣れない道具と何かの骨、掘っていたであろう痕跡があった。


作:弓月 キリ


第3話(作:雨崎 涼葉)に続く

オリジナル創作プロジェクト『hobby-pj(ホビプロ)』

「面白い」と思ったことは何でも創作として公開していくオリジナル創作プロジェクト「hobby-pj」(正式名称:ホビー・プロジェクト)のサイトです。

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